「彼」から指定された「道具」を揃え、久しぶりにチャットルームを開く。数日ぶりの見慣れた画面の中に、彼の名前は無かった。
(誰かと話しているのかな・・・)
自分と違い、今日の話し相手はとんとん拍子にステップを進んでいるのかもしれない。そう思うと一つ一つの行為にいちいち理由をつけなければ先に進まない自分が急に恥ずかしくなった。
【人待ち】
いつも使っているハンドルネームで入室すると、待機メッセージを叩きつけるように打ち込んだ。「彼」なら私だとわからないはずはない。そして、「彼」以外の誰とも話すつもりは無かった。
(誰かと話しているのかな・・・)
自分と違い、今日の話し相手はとんとん拍子にステップを進んでいるのかもしれない。そう思うと一つ一つの行為にいちいち理由をつけなければ先に進まない自分が急に恥ずかしくなった。
【人待ち】
いつも使っているハンドルネームで入室すると、待機メッセージを叩きつけるように打ち込んだ。「彼」なら私だとわからないはずはない。そして、「彼」以外の誰とも話すつもりは無かった。
3分、5分・・・。
無発言でチャットルームが閉鎖されないように、数分ごとに記号を打ち込みながら、「彼」を待つ。既にコメント欄は記号で埋め尽くされ、規則正しくタイムスタンプが刻まれていた。
いつでも会えると思っていると、案外叶わないものなのかもしれない。それが、ネットのつながりなのだろう。
まるで直接繋がったかのような緊密感を感じた次の瞬間から、いつでも、きれいさっぱり忘れたかのように繋がりを切り捨ててしまうこともできる。都合のいいときだけ、都合のいい相手を探しながら、彷徨い続けているだけなのだろうか。
虚しさが身体を覆い始めた時、赤い文字が表示される。
「こんばんは」
「彼」は、焦燥感を募らせはじめていた私とは対照的に、いつもと同じようになめらかに話しかける。今日はもう会えない、と勝手に決めていたせいか、何から伝えればよいのかを悩んだ。
「あの・・・、道具、やっとそろいました・・・」
「そう。大変でしたね。一から揃えたんですか?」
「あ・・・、はい・・・」
自分の身体に使ってもらうための淫らな道具を、自らの手で集めることをことさら指摘するような口調に、じりじりと心の奥を灼かれるような感覚があふれ出していた。
「後は、実際に会ってみるだけ、ですね」
もちろん、その通りだ。しかし、その言葉を見つめた瞬間、突然、私の身体の中に冷たい感情が差し込む。文字通り、「会うことに対する不安」だ。
見知らぬ男性の前で、女装し、身体的自由を奪うことを認め、そして、苦痛を与えてもらおうとしているのだ。言葉のどの部分を取ってみても、「変態」の言葉以外にふさわしい言葉などないように思えた。
何度も、こうして「会う」寸前で尻込みをしてきた。SMツーショットダイヤルで、待ち合わせポイントまで指定しておきながら、指定された服装とは違う洋服で現地に行き、数時間も待った。
SMショップでたまたますれ違った女性に、未知の快感を教えてもらおうと心をよこしまな気分で埋めた。
全ては、「現実」の壁の手前側で私が勝手に完結していた行為だった。
私は、その壁を、今越えようとしていた。
無発言でチャットルームが閉鎖されないように、数分ごとに記号を打ち込みながら、「彼」を待つ。既にコメント欄は記号で埋め尽くされ、規則正しくタイムスタンプが刻まれていた。
いつでも会えると思っていると、案外叶わないものなのかもしれない。それが、ネットのつながりなのだろう。
まるで直接繋がったかのような緊密感を感じた次の瞬間から、いつでも、きれいさっぱり忘れたかのように繋がりを切り捨ててしまうこともできる。都合のいいときだけ、都合のいい相手を探しながら、彷徨い続けているだけなのだろうか。
虚しさが身体を覆い始めた時、赤い文字が表示される。
「こんばんは」
「彼」は、焦燥感を募らせはじめていた私とは対照的に、いつもと同じようになめらかに話しかける。今日はもう会えない、と勝手に決めていたせいか、何から伝えればよいのかを悩んだ。
「あの・・・、道具、やっとそろいました・・・」
「そう。大変でしたね。一から揃えたんですか?」
「あ・・・、はい・・・」
自分の身体に使ってもらうための淫らな道具を、自らの手で集めることをことさら指摘するような口調に、じりじりと心の奥を灼かれるような感覚があふれ出していた。
「後は、実際に会ってみるだけ、ですね」
もちろん、その通りだ。しかし、その言葉を見つめた瞬間、突然、私の身体の中に冷たい感情が差し込む。文字通り、「会うことに対する不安」だ。
見知らぬ男性の前で、女装し、身体的自由を奪うことを認め、そして、苦痛を与えてもらおうとしているのだ。言葉のどの部分を取ってみても、「変態」の言葉以外にふさわしい言葉などないように思えた。
何度も、こうして「会う」寸前で尻込みをしてきた。SMツーショットダイヤルで、待ち合わせポイントまで指定しておきながら、指定された服装とは違う洋服で現地に行き、数時間も待った。
SMショップでたまたますれ違った女性に、未知の快感を教えてもらおうと心をよこしまな気分で埋めた。
全ては、「現実」の壁の手前側で私が勝手に完結していた行為だった。
私は、その壁を、今越えようとしていた。
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