「彼」の調教のために予約したホテルは、男女のためのラブホテルではなく、オフィスビルが建ち並ぶ街のビジネス客向けのホテルの一室だった。
片側3車線の広く真っ直ぐな道路の両脇に、街路樹と無機質な灰色のビルが建ち並ぶ街には、繁華街とは違った空気が満ちている。
歩道を歩く人々の大半は一人で黙々と行き先に向け、強い日射しを照り返すアスファルトの熱気を全身にまといながら歩いていた。
「道具」を詰め込んだリュックを肩にかけ直した私は、近くに日用品を売る店がないか、探していた。
片側3車線の広く真っ直ぐな道路の両脇に、街路樹と無機質な灰色のビルが建ち並ぶ街には、繁華街とは違った空気が満ちている。
歩道を歩く人々の大半は一人で黙々と行き先に向け、強い日射しを照り返すアスファルトの熱気を全身にまといながら歩いていた。
「道具」を詰め込んだリュックを肩にかけ直した私は、近くに日用品を売る店がないか、探していた。
早朝のオフィス街には、コンビニばかりが目立ち、探しているモノが手に入りそうな店が、なかなか見つからなかった。
小さな煙草屋や、喫茶店、ぽつりぽつりと小さな商店を何軒か通り過ぎ、10分近く歩いた先に、比較的大きなスーパーが見えた。
(あ、あった・・・)
「彼」が昨晩、最後に準備するように命じたのは「キャットフード」だった。
きっと、自分が口にすることになるだろうとうすうす感じながら、普段の生活では一度も寄りつかないペットフードのコーナーに入る。
あまりにも種類が多く、どれを選んだらよいかわからず、テレビのCMで何度か聞いたことのある缶入りのキャットフードを2缶買い、さっき歩いてきた道を戻る。
(こんな朝から、キャットフードを買う人って、どんな人なのかな・・・)
小さなビニール袋を手に提げながら、ホテルの自動ドアを通り、フロントに向かう。
「あの、予約した田中ですが・・・」
「お待ちしておりました、では、こちらに記入をお願いします」
差し出されたチェックインのための書類に、昨日「彼」と申し合わせた偽名を書き込んでいく。もし、「彼」が見ても、本当の自宅がわかってしまわないよう、ずっと昔、一人暮らしをはじめた街の住所を少し修正して、書き込む。
「ちょっと会社の事務所が手狭で、会議室が一杯で・・・。夕方まで部屋で打合せするつもりです。後で外回り先から、小林という者が来ますから、部屋の番号を教えてあげてください」
「承知しました」
考えてみれば、そんな言い訳をする必要などあったのだろうか。
完全犯罪には、それを目論む犯人自身がほころびを作ってしまうものだと聞いたことがある。それがきっとこういうことなのだろうと、ずっと後で気がついた。
渡されたルームキーに、6階の角の部屋番号が刻印されている。古めかしいエレベーターで6階を出ると、薄暗い廊下の先に、「調教」の舞台が見えた。
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