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Visions of Masochist
自分を律し、行き先を指し示す【Vision】。 しかし、行き先の分からない「背徳の幻想」が、私の中には存在する。
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身体に傷を付ける自由

 梅雨空と強烈な湿気に包まれた梅雨の時期の先に、真夏の日射しが照りつける季節まで、もう少しだ。

 「一夏の体験」などとよくいうけれど、私も、なぜかなにか「一つ先」の体験をしたのは不思議と夏の間が多い。

 初めてS女性の前で跪いて土下座をしたのも、SMクラブに入ってみたことも、女装して男性に会い、Mとして扱われたことも、映画館に足を踏みいれたのも、不思議と、全部、夏だった。

 それだけ、夏の日射しと熱気には魔力があるのだろう。


 一つ前の夏、初めて裸の身体に一本鞭とバラ鞭を100回、頂いた。

 渾身の力を込めて長い鞭を振るう御主人様の満足そうな顔と、両手を開いて天井の枷に繋がれ、爪先立ちの姿勢のまま情けなく鞭から逃げようとする無様な自分の姿は、一度だけ記録した映像で今でも見ることができる。

 忘れられない記憶は、心の中にも、身体にも残るものだ。

 10年前、初めて御主人様にプレゼントしたバラ鞭と一本鞭で、身体を撲たれた時、私は自分が用意した鞭を使い、「鞭で撲たれたらどんな感覚になるのか」を知るために、御主人様に鞭を委ねたのだと思う。

 ウィッグをかぶり、自分の気に入った洋服を、御主人様にレジに持っていってもらい、自分が渡した鞭を使ってもらった。

 今更吐露するにはその時の私の感情は自分中心に完結していて情けない限りだが、まだ私には、主として仰ぎ見る女性が私の身体に鞭を入れたい衝動に憑かれて振るう鞭にこもる熱を感じることなどできはしなかった。

 あられもない格好で縛られ、そして、鞭で撲たれている「私」に高まる私。

 稚拙で、浅く、身勝手なかりそめの快楽で、私は充分満足できると思っていた。

 主と下僕の関係が当然のものとなった位置を保ちながら、私を撲つために用意した鞭を、渾身の力を込めて振られ、背中の中心から上半身に一つ、また一つと赤い筋を刻み込まれながら、皮膚から熱が迸るような感覚を覚えた私。

 傷つけていい身体が、今は、欲しい。

 若い頃なら数日で消えたであろう皮膚の痕は、今では数週間、日常にはあり得ない色を放ち続けるだろう。その痕跡は、一番身近な家族には、決して見せてはいけない色なのだ。

 傷をつけてもいい身体を持っていた頃、私は、あてどなく実際に肌を晒すこともないネットの空間で、Mの衝動をもてあまして彷徨っていた。

 捧げられる場所を持った時には、もう身体の自由はほとんどあり得ないほどに減少していた。

 全てがうまくいくなんてことは、人生のうちそんなにない。

 それは、仕事でも、恋愛でも、そして、SMでも、みんな、同じなのかもしれない。

 全身に汗をまとい、執拗に撲たれ、そして、筋肉質の皮膚に、一つ、また一つと細かくカミソリの刃で開かれて皮膚を血で染めながら狂うまで責められる私の姿が、私の頭の中にははっきり見える。

 それが、今現在の性衝動そのものの姿なのかも、しれない。失った「傷をつけてもいい身体」を、夢の中で、探す夜は、この先もずっと続くのかも、しれない。
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