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Visions of Masochist
自分を律し、行き先を指し示す【Vision】。 しかし、行き先の分からない「背徳の幻想」が、私の中には存在する。
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「SMツーショットダイヤル」【03】
「もしもし・・・」


喉に力を入れ、細く高い声で答えてみる。


「あ、あっ・・・は、初めまして・・・」


受話器の向こうで男性が緊張しているのが伝わる。彼もまた、何分も待たされ、ベルの音の先に待つS女性の声を、胸を高鳴らせて聞いているのだろう。
まさか、相手が男性だとは思うこともなく。


「いくつ?」


今まで話した女性を真似する。


【40です、貴方は?】


「24」


ぶっきらぼうに、答えてみる。結構、会話が続くものだ。


「よく、ここに掛ける?」


【はい、時々・・・】


結局、いつも自分がされているように、好きなプレー、いつなら会えるか、お金の援助はするのかしないのかなど、ただただ互いの「条件」を探りながら、無味乾燥な時間が、過ぎる。


もちろん会ってみるつもりなど無かったから、話しは「条件」が尽きたところで終わる。
寂しそうに、しかし、簡単に回線を切る男性。
男が女を捨てる時、こんな風に女性からは見えるのだろうか。


(勝手なものだな・・・、男も女も、反対から見れば同じかな・・・)


ツーショットダイヤルの欠点、それはこの「条件提示と確認」でしか、話しができないことだった。
今はそのことが分かったけれど、それに気がつくまで、「有料」側の男性として、そして、「無料」側の女性として、両方で大分長い時間がかかった。


話し始めるだけで、はあはあと荒い息を受話器に吹きかける男、世間話だけして最後は「ばーか」と捨て台詞の女性、M女用の番号に掛ければ、脱げ、淫乱、変態、と決まり切ったフレーズばかりが耳に入る。その度、私はすーっと気持が醒めて、次の男性を捜した。


あれだけ待ち時間が長かったのだから、さぞや多くの男性が回線待ちをしているのだと思いこんでいたけれど、実際はせいぜい3人くらいだった。気に入らなくて回線を切っていくと、すぐに元の男性につながる。
しかも、ちょっと前に話した私の声も、私の存在も、彼らの多くは覚えていなかった。


直接対話しているけれど、何の心も通わない。


嗜好の方向を確かめておくことは悪いことではないはずだけれど、アンケートに○をつけていくように、
縛り、鞭、浣腸、会うのはどこでか・・・、そういうことを繰り返して、本当に「出会える」気はしなかった。


それでも私は、何度も毎晩のように枕元の受話器を取り、覚えた番号をダイヤルした。
男も女も、本質に近づくための方法を、完全に間違っているように見えた。


それでも、一人だけ、覚えている男性がいる。


「大学でバレーボール部に入っています。私の先輩が、Sの気があるみたいで・・・、一応、彼女というか、
普通につきあって、います・・・。彼女、いろいろと私に、したがるんです。SM、っぽいこと・・・。
毎日練習の時、わざと強いボールを身体にぶつけられたり、用具庫で片付けしているときに、汚れたシューズを
私の顔に押しつけたり、汗のついたジャージを口に詰め込まれたり・・・。自分は今は抵抗しないで、彼女のいうままにしていますが、この間、浣腸したいって言い出して・・・、S女性、って、そういうものなのかなっ・・・て、聞いてみたくて・・・」


誠実そうな、落ち着いた、若い男性の声だった。


真剣に悩んでいるようにも感じられたし、大好きな彼女が持つ、自分には理解できない性癖に振り回されていることへの戸惑いや不安。


彼はきっと、「普通」の男性だったから、この先、自分たちがどうなっていくのか、不安だったことは想像に難くない。
でも、私は、男性が羨ましくて、そして、それ以上に「彼女」を見てみたいという気持が抑えられなかった。


バレーボール部の先輩、背は高いだろうか、髪型はショートカットなのだろうか。きっと、練習が終われば体中が汗まみれだろう、そのシャツを口にくわえさせられたら、どんな香りで口の中がいっぱいになるのか・・・。


うまく会話を誘導して、大学の名前を聞き出した。


翌日は、真夏日になって、とても暑い日だった。
私は、バイクで、彼の告げた大学のキャンパスへ向かっていた。
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