初めて女性用の番号に電話を掛けてから1ヶ月程。
私は「声で女性を装う」ことが、大分上手になっていた。
レンタルビデオ店でシネマジックの新作を何本か借り、古本屋で手に入れたフランス書院文庫と「SM秘小説」を六畳の部屋に散乱させても、どうしても身体の中の衝動を抑えることができない時、私は「M女」になった。
私は「声で女性を装う」ことが、大分上手になっていた。
レンタルビデオ店でシネマジックの新作を何本か借り、古本屋で手に入れたフランス書院文庫と「SM秘小説」を六畳の部屋に散乱させても、どうしても身体の中の衝動を抑えることができない時、私は「M女」になった。
受話器の向こうの「S男性」が望む「M女」の姿は、様々だった。
・すぐに何でも言うことを聞く「淫乱女」を求める男性
・「会えるM女」を早く見つけたいだけの男性
・初めて電話したけど、何をしていいかわからない男性
大半が、そのどれかだった。
どれも、本物の女性でも、多分相手にしないタイプの男性だったと思う。私は、何度も無言で受話器を置いた。
時々、やけに落ち着いた口調で、やけに惹きつけられる男性とつながることもあった。
【はじめまして。よくここにかけるの?】
大抵、誰もが使う言葉を使っても、自分の言葉を受け入れてくれる度量を感じさせる落ち着いたトーンの声は、とても素直に私の心の中に染みこんでいく。
(はい、時々・・・。)
真っ暗にした部屋で、静かにまぶたを閉じながら、私は女性になりきっていった。
【どんなとき、こういうところに電話する?】
(えっ、と・・・、少し・・・、寂しいとき・・・)
本当は毎日のように、身体の火照りが止まらないから、そのことを理解してくれる人を求めていた。性別を偽ることで、十分受話器の向こうの男性のことを裏切ってはいたけれども。
【俺たちみたいな趣味を持てば、誰だってそういう気持ちになることはあるさ・・・。友達に打ち明けるわけにもいかないし・・・。】
(はい・・・)
世間並みの行為では満足できず、変態と罵られて感じるほどは壊れていない私にとっては、ただ、自分を受け入れて肯定してくれる存在でなければ、心を許すことはできなかった。
【少し、楽になってみない?】
年齢も、身長も、スリーサイズも、芸能人でいえば誰に似ているかも聞かないことが、逆に私には嬉しかった。性別を偽っていたからそう感じたわけではないと思う。
【裸に、なってごらん】
私は、洗い立てのシーツに素肌をくねらせながら、決して瞼を開かないで、受話器の中に神経を集中する。
【真っ直ぐに、君は私の目の前に立ってる。もちろん・・・裸で、ね。そして、私は、君の身体を見つめてる。君は・・・肌がとても、白くて綺麗だ・・・】
私は、無言で、その声を身体に刻み込みながら、想像していた。
【脇腹の下、腰の辺りを、私が両手でこれから掴むから、絶対に、動かないこと。そして、目を開けないこと。できるね?】
ゆったりとしたその口調が、私の脳裏を溶かしはじめていた。
【どうした?、鳥肌を立てて・・・、私が怖いか?】
それは、きっとその頃流行っていた「テレホンセックス」そのものだった。男性が作っていく世界に、うまく溶け込むことができれば、「本当の自分の姿」はすぐに気にならなくなった。想像の中の私の視界には、「相手の姿」は見えることがなく、白磁の素肌を晒した、清楚なたたずまいの中に、肉感的な身体を隠した女性だけがいた。
「私」はやがてその女性に同化していき、素直に言葉に従うだけの存在になっていく。
【私は君と向かい合って、左手で、君の左の乳房を、包んでしまおう】
(やめてください・・・恥ずかしいッ・・・)
【手が邪魔だな・・・、両手を、頭の後ろで組んでごらん。できるだろう?】
【そして、私を、真っ直ぐに見つめるといい・・・】
【両手を組んだら、両手で、頭をしっかりと挟む】
【そして、両肘を、ゆっくりと、上に上げていくんだ】
(やッ・・・、そんな・・・格好・・・)
腋下を晒すその姿勢が、私にはたまらなく恥ずかしかった。
私の両腋に、視線が注がれている。はしたなく興奮した私は、きっと、光が当たればそこを鈍く輝かせてしまうかもしれない。
【いい格好だな・・・、それを、「奴隷のポーズ」って言うんだ。御前には、よく似合ってる。そう思わないか?】
「君」がいつのまにか「御前」に変わっていた。
いちいち許可を求めることもなく、そして、そのタイミングが早すぎない時、心の壁は早く崩れていく。
【左の手で、私は、御前の胸を、撫でていこう・・・、決して、動かないこと。いいね?】
左手で、自分の乳首を撫でると、左の爪先に、ピリピリと電気が走ったような感覚を覚えた。
(男性の身体でも、こんなところで感じることができるんだ・・・)
女性が持つ性感と、男性のそれとに、決して越えることのできない壁が高くそびえ立っていることを、その頃の私はまだ、知らずにいた。
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