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Visions of Masochist
自分を律し、行き先を指し示す【Vision】。 しかし、行き先の分からない「背徳の幻想」が、私の中には存在する。
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ふたり 【02】
 一歩一歩、近づいてくる足音に、鼓動が早まっていく。どんな表情でドアを開けるのか、そして、最初にどんな声をかけてもらえるのだろうか。一人で美恵の帰宅を待つ間、私の頭の中を支配していたのは、まぎれもなく美恵の姿なのだ。

 待ち続けた時間の分だけ、私の中で美恵は様々な表情を見せていた。優しい表情、厳しい表情、そのどちらも、結局は想像でしかない。

(早く、早く美恵様の表情が見たい・・・)

 一人で過ごす時間は、美恵に会いたいと願う時間である。その長い時間が、ドアの開く音と共に終わろうとしていた。

「ただいま!いい子にしてた?」

美恵が微笑みながら私を見つめる。

「御主人様、おかえりなさいませ・・・。」

正座してゆっくりと床に平伏する。

「もう・・・、いきなり御主人様、はやめて頂戴って言ってるでしょ?私は私、貴方は貴方。あんまりありきたりな感じにはなりたくないんだって・・・。」

「それにしても、今日は暑かったね、もうくたくた・・・。でも、由梨のことを考えて早足で帰ってきたの」

 美恵の薄い唇から流れ出した言葉が、直接心に響き、途端に熱いものが身体の中に流れる。

(私に会うのを待ち遠しく思ってくれていたんだ。暑いのに早足で・・・)

 そう考えるだけで、鼓動がこめかみのあたりまで伝わるような気がした。

「あ、ありがとうございます」

私は、そういうのがやっとだった。

「さぁて、楽しみにしてたから今日の私はしつこいかもね。できる?」

 優しい笑顔の中のサディスティンが、私を見つめている。

「はい・・・。」

 もう、まともに目を合わせることもできず、私はこれから始まるひとときの夢に、身体中を熱くするのだった。
 麻縄が、スーツの生地に擦れる音をたてながら私を包んでいく。両腕を頭の後ろに組み、きっちりと揃えた手首に絡みついた縄は、美恵の手で私の身体をより女性らしいラインに整えてられ、さらに胸の上下をはさむように走った。息が詰まり、自由を奪われると、さらに鼓動が早まる。

「どう?」

「・・・!少し・・・苦しい・・・です」

「いいの、少し苦しいくらいが好きなんでしょ?」

 胸縛りを仕上げながら、美恵の身体が私をさらに包む。美恵のかすかに汗の混じった薫りで、媚薬を飲まされたように燃えあがりはじめる私の体温は、美恵に伝わっているだろうか。

 やがて縄尻を始末すると、美恵は少し離れて私を眺める。

「あ・・・っ・・・」

「なぁに?いやらしい声を出して。きれいになったじゃない。貴方にはその姿が一番お似合い。そう思うの、私だけかな」

「せっかくのスーツにしわが寄っちゃうね。でも、いいよね。麻縄に付けられるしわなら大好きって顔に書いてあるし・・・。」

「せっかくの御化粧に応えて、仕上げしてあげようね」

 美恵は衣装ケースから、口枷を取り出す。プラスチック製のゴルフ練習用のボールがついた、よくある形のものである。黒革の鈍さと金属の冷たさが責め具としての凄みを映し出す。

「でもね由梨。プラスチックじゃ味気ないから、由梨が大好きなものを味あわせてあげようね。楽しみでしょ?」

 美恵は引き出しからカッターを取りだし、私の頬を撫でる。

「ん?怖い?私が貴方を傷つけると思ってるのかな?」

「残念ね。そういうのは嫌い」

 美恵はかがみこむと、自分のストッキングをつまみ、足首の部分にカッターを入れる。そのまま足首を一周させた後、するりと足先から薄いベージュのストッキング抜き取り、私の目の前にかざして見せる。

「これをね。どうするかわかるかな?」

(何を・・・?)

 私は美恵の手元とストッキングのなくなった美恵の白い素足を交互に見つめた。

(早く・・・早く、キスしたい・・・)

 疑問は、美恵の爪先にすぐに唇を寄せたい衝動にかき消されていく。美恵はその視線に気づいているはずだったが、何の反応もせず、口枷にある小さなふたを開けて、そこに足先のストッキングを詰め始める。

 左右両方のストッキングをつめ終わると、初めて顔を上げ、目の前にかざす。

「ほらできた。よくできてるでしょう?いつもよだれをたらしっぱなしの行儀の悪い由梨に、それがどれだけいけないことか教えてあげるね。レディーは人前で簡単に隙だらけの姿を見せちゃいけないんだよ」

 美恵は私の唇に人差し指をあて、1度「指のキス」をしたあと、口枷を押し入れる。口中に、甘酸っぱい香りが広がったかと思うと、すぐに息苦しさが襲ってきた。

「どう?私のお味は?」

 唾液が、すぐにたまってくる。それを外に漏らさないように何度も顔を上げ、嚥下しようと呻く。初めて呼吸をすると、ナイロンの無機質な香りに混ざって、動物的な香りが口中に広がった。苦し紛れに鼻から大きく息を吸い込むと、脳天まで美恵の香りが広がっていく。

「やっぱり私を堪能するにはこれが一番だね」

笑みを浮かべる美恵を、私は上を向きながらやっとの思いで見つめる。

「私は、今日1日、由梨のことを考えて、由梨に対する想いを込めて、1日を過ごしたの。だから私から発する、声も、香りも、何もかもが由梨に対する贈り物なの。ゆっくり、しっかりと味わってほしいな。」

 美恵の言葉に、私は改めて自分の幸せを熱い思いで感じ、目から熱いものがこみ上げ、視界がにじむ。

(私だって・・・、ずっと待ってたんです・・・美恵さん・・・)

 長い時間、美恵の帰りを待ち、伝えたいことも沢山あったはずだった。あっという間に声を奪われ、想いを伝える術を失った私は、あふれ出す感情を身体のなかからどうやって取り出せばいいのか、戸惑いを隠せなかった。
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