「殻」を破る瞬間は、後から考えると不思議なくらい突然に訪れるものだ。
「彼」に調教を依頼した翌日、半ば上の空で仕事を片付けると、食事をとりながら、「調教」の舞台になるビジネスホテルを探す。午前中から夕方までの時間にホテルに滞在することなど、それまで考えたことも無かったが、ビジネス街を中心に案外需要が有るらしく、いくつか比較的広めの部屋を見つけることができた。
念のため、ホテルのことを確認するため、フロントに電話をかけた。
「彼」に調教を依頼した翌日、半ば上の空で仕事を片付けると、食事をとりながら、「調教」の舞台になるビジネスホテルを探す。午前中から夕方までの時間にホテルに滞在することなど、それまで考えたことも無かったが、ビジネス街を中心に案外需要が有るらしく、いくつか比較的広めの部屋を見つけることができた。
念のため、ホテルのことを確認するため、フロントに電話をかけた。
「あの・・・、インターネットのデイユースプランを拝見したのですが・・・、朝9時頃から夕方まで滞在して、同僚と資料作りに使いたいのですが・・・?」
「ありがとうございます。ご予定がおきまりでしたら、お部屋に空きがるかを確認いたしますが?」
「そうですか・・・、では、なるべく広い部屋をお願いします・・・、来週の平日で考えているのですが・・・、それから、ベッドで休む必要はないので、ダブルベッドの部屋があれば、お願いします。その方が広く使えますから」
「承知いたしました、お調べします」
案外あっさり、何ら怪しまれることなく予約することができそうだ。あとは、私と「彼」が別々にチェックインすることをうまく取り繕えば、「殻」を破る瞬間がついに実現することになるはずだ。
「出先から同僚が直接ホテルに来るように伝えています、荷物があったりで、チェックインが面倒なのですが・・・、先に私が手続きを済ませることはできますか?」
「ええ、大丈夫です。」
なんだか、不自然だと、今はそう思う。でも当時、私は次々と口から言い訳が出てくるのに酔っていたのかもしれない。そのまま候補になる日の仮予約をした後、その報告をするため、「彼」のチャットルームを開く。
いつもと、同じ入室コメントで「彼」は今日も待機している。
(私だけじゃ、ない、ってことなんだな・・・、もっと、望む人がいるのか・・・)
あくまでも、いつもと変わらないコメント、そして、時折会話中になってはものの数分で「待機中」に戻るのも、数日前と全く同じだった。やはり、私ほど「彼」に食らいつく人の方が、珍しかったのかもしれない。
(私は、途中で退出したりしない・・・)
未知の世界を現実にするまで、あと少しなのだ。私は、もう後戻りをするつもりは無かった。
「こんばんは」
「こんばんは。ホテルは、見つかりましたか?」
いつものとおり、「彼」は単刀直入だ。つい先ほどまで、私以外の獲物が網に掛かるのをじっと待っていたことを私は知っているのに、まるでそのことを気にかけないように、「彼」は一つ一つ、調教を現実に進めるために必要な条件を提示し続けていた。
「部屋でなく、ホテルで調教することは、貴方が望んだことです。自分から望んで調教を受けたいと思うのなら、貴方自身で全ての準備をしなければ意味がないでしょう。ホテルにしても、調教の道具にしても、貴方が自分で必要と思うものを準備してください」
しかし、私には、何がそこに必要なのか、自分で決めることはできなかった。心のどこかで、道具も、舞台も、相手が作る世界に入り込み、何も能動的にせずに身を委ねることを望んでいたのかもしれない。
「でも・・・、できたら、指示していただいた方が・・・」
私が望む「調教」、そして、「彼」が望む「監禁」の間には、少なからず隔たりがあり、また、「彼」の持つSMの世界観は確立されていて、私のそれは未確立で揺れ動いていた。
「最初はそれでも仕方ないかもしれないな・・・、では、こちらで指定することを守ることを条件にしてもらいます。いいですね?」
「はい・・・」
次に何を指定されるのか、不安と期待で気分を高揚させながら、私は即答していた。
「ありがとうございます。ご予定がおきまりでしたら、お部屋に空きがるかを確認いたしますが?」
「そうですか・・・、では、なるべく広い部屋をお願いします・・・、来週の平日で考えているのですが・・・、それから、ベッドで休む必要はないので、ダブルベッドの部屋があれば、お願いします。その方が広く使えますから」
「承知いたしました、お調べします」
案外あっさり、何ら怪しまれることなく予約することができそうだ。あとは、私と「彼」が別々にチェックインすることをうまく取り繕えば、「殻」を破る瞬間がついに実現することになるはずだ。
「出先から同僚が直接ホテルに来るように伝えています、荷物があったりで、チェックインが面倒なのですが・・・、先に私が手続きを済ませることはできますか?」
「ええ、大丈夫です。」
なんだか、不自然だと、今はそう思う。でも当時、私は次々と口から言い訳が出てくるのに酔っていたのかもしれない。そのまま候補になる日の仮予約をした後、その報告をするため、「彼」のチャットルームを開く。
いつもと、同じ入室コメントで「彼」は今日も待機している。
(私だけじゃ、ない、ってことなんだな・・・、もっと、望む人がいるのか・・・)
あくまでも、いつもと変わらないコメント、そして、時折会話中になってはものの数分で「待機中」に戻るのも、数日前と全く同じだった。やはり、私ほど「彼」に食らいつく人の方が、珍しかったのかもしれない。
(私は、途中で退出したりしない・・・)
未知の世界を現実にするまで、あと少しなのだ。私は、もう後戻りをするつもりは無かった。
「こんばんは」
「こんばんは。ホテルは、見つかりましたか?」
いつものとおり、「彼」は単刀直入だ。つい先ほどまで、私以外の獲物が網に掛かるのをじっと待っていたことを私は知っているのに、まるでそのことを気にかけないように、「彼」は一つ一つ、調教を現実に進めるために必要な条件を提示し続けていた。
「部屋でなく、ホテルで調教することは、貴方が望んだことです。自分から望んで調教を受けたいと思うのなら、貴方自身で全ての準備をしなければ意味がないでしょう。ホテルにしても、調教の道具にしても、貴方が自分で必要と思うものを準備してください」
しかし、私には、何がそこに必要なのか、自分で決めることはできなかった。心のどこかで、道具も、舞台も、相手が作る世界に入り込み、何も能動的にせずに身を委ねることを望んでいたのかもしれない。
「でも・・・、できたら、指示していただいた方が・・・」
私が望む「調教」、そして、「彼」が望む「監禁」の間には、少なからず隔たりがあり、また、「彼」の持つSMの世界観は確立されていて、私のそれは未確立で揺れ動いていた。
「最初はそれでも仕方ないかもしれないな・・・、では、こちらで指定することを守ることを条件にしてもらいます。いいですね?」
「はい・・・」
次に何を指定されるのか、不安と期待で気分を高揚させながら、私は即答していた。
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