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Visions of Masochist
自分を律し、行き先を指し示す【Vision】。 しかし、行き先の分からない「背徳の幻想」が、私の中には存在する。
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初体験・その後
 映画館から、元の服装で飛び出す。後を、さっきの男性が追ってこないか確認し、人混みをかき分け、地下鉄の駅まで足早に歩いていく。


 さしたる特徴もない、中背の男性に特別な視線を投げかける人など誰もいない。私は、ただ、あの映画館から自分を追って来る人がいないか、それだけを気にしながら帰った。知られてはいけない自分と、現実の自分をつないでしまう危険を犯すわけにはいかないのだから。


 周囲の誰も、自分に注意を払っていないことを確かめると、私は、どっと押し寄せてくる疲れに、シートで目を閉じて、しばらく、眠った。


 気がついた時、乗り換えの駅の一つ手前だった。大分混雑した車内をもう一度見回し、ドアが開いた瞬間、さっと身体を人混みに紛れさせて、見られたくない影を消すために、走った。


 ポケットの中から鍵を取り出し、部屋に入る。


 何人もの男性に触れられた身体を、シャワーの水流が、滑り落ちていく。普段はどうということもないこの瞬間も、自分の身体が今まで思いもしなかった経験をした後と思うと、儀式めいた意味を持つように感じられないこともない。以前つきあっていた女性と、初めて同士で抱きあった時、彼女はシャワーを浴びながら、こんな気持ちだったのだろうか。急に、ふと思い出した。


 映画館で身につけた洋服を、洗濯しながら、クローゼットにしまい込んであるほかの服を眺めた。通販で買った白いチャイナドレス。さっき、火をつけられた身体の火照りが、また、蘇ってくる。


 チャイナドレスは、お腹が目立つのが難点。女性のように着こなすのは、本当に難しい。とにかく、細くしなければ身体のラインが嘘っぽくなる。このところのダイエットの効果は、少しは出ただろうか。


(うーん・・・肩幅が少しありすぎるかな・・・)


ドレスを胸に当て、姿見で全身を写してみる。見られることによって女性は綺麗になる、そんな言葉を、初めて実感したような気がした。


 映画館に出かける前、何もかもが疑心暗鬼だった。危険だし、何かあっても、自分にはどうすることも出来なかっただろう。でも、衝動は抑えることはできなかった。そして、あそこなら自分の好きなように、女性になって振る舞っても誰も笑わない。そして、「望まれる」・・・。


 女性として欲望の標的になりたい。私はその欲求を現実のものに出来る場所を、見つけたことで、なぜか、安堵していた。
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