鏡の前で、メイク道具を自分の肌に当て始めると、次第に私の気持ちは「男」のそれから「女」のそれに移り変わっていくような気がした。
もちろん、私のメイク技術は、「少女」から「女」に成長する間何度も何度も繰り返し自分にメイクを施している女性にかなうはずもない。聞きかじりのセオリーと、それでも何度か繰り返しているうちに、自分の手で自分を飾る魔力は、次第に身体に染み渡っていった。
ファンデーションは、ベースメイクを行った上に、できるだけ軽く薄く乗せていく。
瞼の真ん中を、ほんの少し明るめの白いアイシャドゥで飾るのが、私のお気に入りだった。比較的長いまつげは、マスカラとビューラーの力を借りればそれなりに見られたし、筆のように穂先の長いブラシを買ってからは、チークを少しさせるようにもなった。
最後に、ウイッグがずれないように、ヘアピンでしっかりと留めると、裸の肩に髪が触れる感覚で心が沸き立つ。部屋に置かれた時計は、待ち合わせの時間の10分ほど前を指していた。
もちろん、私のメイク技術は、「少女」から「女」に成長する間何度も何度も繰り返し自分にメイクを施している女性にかなうはずもない。聞きかじりのセオリーと、それでも何度か繰り返しているうちに、自分の手で自分を飾る魔力は、次第に身体に染み渡っていった。
ファンデーションは、ベースメイクを行った上に、できるだけ軽く薄く乗せていく。
瞼の真ん中を、ほんの少し明るめの白いアイシャドゥで飾るのが、私のお気に入りだった。比較的長いまつげは、マスカラとビューラーの力を借りればそれなりに見られたし、筆のように穂先の長いブラシを買ってからは、チークを少しさせるようにもなった。
最後に、ウイッグがずれないように、ヘアピンでしっかりと留めると、裸の肩に髪が触れる感覚で心が沸き立つ。部屋に置かれた時計は、待ち合わせの時間の10分ほど前を指していた。
大きめの姿見に、自分の姿を映す。
猫背気味の姿勢をただして、胸のパッドを強調するように身体を少し反らせる。
指先や、爪先神経を集中させながらゆっくり歩き、振り向いて髪をかき上げ翳りを取り去った腋下を鏡に映した。
(うん・・・。なかなか、じゃないかな・・・。)
最後に思い切り扇情的な網タイツのガーターを履き、ヒールが高めのサンダルを履き、椅子に座って、「彼」を待つ。時計に目をやると、指定した時間丁度を指していた。
コン、コン、と、静かなノックが目の前のドアから聞こえた。はやるこころを押さえながら立ち上がり、ドアノブに手を掛ける。深呼吸して落ち着こうとしても、急激に心拍数が上がることは止めようがなかった。
(大丈夫かな・・・、ドアを開けた途端に刺されたりしたらどうしよう・・・)
不安は、今の今まで消えることはなかった。
男性が、女装して、しかも、マゾヒストとしてサディストの男性を待つ。性的な倒錯の度合いが高すぎて、ノーマルな性欲を持つ人々には、全く理解されるはずもないだろう。間違いなく、私は倒錯性欲者の中で、一番蔑まれる部類の欲望を現実にしようとしているのだ。
こんな人間を、愉快犯が傷つけたとしても、私には抵抗する術がないことは重々承知していた。けれど、身体の中で燻り続けるM女性の被虐美に対する欲望は、こうしなければ日常生活を送る自分に折り合いが付けられないほどに肥大化していた。
(・・・ふうっ・・・)
意識して息を大きく吐き、ドアのノブを回して、ドアを開けた。
「こんにちは」
一瞬、私に視線を合わせ、にこりと笑うこともなく、蔑むような顔で見ることもなく、淡々とした表情だった。
「彼」は、チャットでの落ち着いた、じわじわと獲物を狙う蛇のような雰囲気から想像するよりずっと若く、きっと、私と同じ年代だったと思う。黒のGジャンとデニム、大きめの鞄を持った姿は、雑誌に出てくるカメラマンのように男性的で、淡々としていた。
「入って、いいかな?」
きっと、値踏みするような視線を投げかけていたのは、私の方だっただろう。「女装M」としての私を、どの程度の「女」かを見極めるような視線を受けることから始まることを予想していた私は、あまりの自然さが不思議に感じていた。
「どうぞ・・・、お待ちしていました・・・」
いつもより、優しく呼吸するように発した言葉は、「彼」にどんなふうに聞こえたのだろう。想像よりもいいのか、悪いのか、私は、「彼」ががっかりして態度を豹変させないか、それだけが気になっていた。
座る間もなく、「彼」は部屋を見回し、部屋を数時間の「檻」にするための空間や道具を探し始めた。
椅子を床の中央に移し、鏡を背にして置く。
クローゼットの中を確認し、底面が人の重量に耐えられるかを足で踏みながら確かめる。
持ってきた鞄の中から、錠前、首輪、チェーン、ワセリンの瓶、ロープ・・・、すぐにビジネスホテルの殺風景な一室は、「檻」の舞台に変わり始めていた。
「持ってきましたか?あれ」
「はい」
意識していなくても、声がうわずっている。ショルダーバッグの中かから、用意した道具を、「彼」に手渡した。
「高かったでしょう。貴方が、自分で自分に使うために用意したんですね。」
事実の確認をしているだけなのに、どうしてこんなに身体を射貫かれるように感じるのだろう。私は、「彼」の前では普通に、「M女性」になれたような気がしていた。
猫背気味の姿勢をただして、胸のパッドを強調するように身体を少し反らせる。
指先や、爪先神経を集中させながらゆっくり歩き、振り向いて髪をかき上げ翳りを取り去った腋下を鏡に映した。
(うん・・・。なかなか、じゃないかな・・・。)
最後に思い切り扇情的な網タイツのガーターを履き、ヒールが高めのサンダルを履き、椅子に座って、「彼」を待つ。時計に目をやると、指定した時間丁度を指していた。
コン、コン、と、静かなノックが目の前のドアから聞こえた。はやるこころを押さえながら立ち上がり、ドアノブに手を掛ける。深呼吸して落ち着こうとしても、急激に心拍数が上がることは止めようがなかった。
(大丈夫かな・・・、ドアを開けた途端に刺されたりしたらどうしよう・・・)
不安は、今の今まで消えることはなかった。
男性が、女装して、しかも、マゾヒストとしてサディストの男性を待つ。性的な倒錯の度合いが高すぎて、ノーマルな性欲を持つ人々には、全く理解されるはずもないだろう。間違いなく、私は倒錯性欲者の中で、一番蔑まれる部類の欲望を現実にしようとしているのだ。
こんな人間を、愉快犯が傷つけたとしても、私には抵抗する術がないことは重々承知していた。けれど、身体の中で燻り続けるM女性の被虐美に対する欲望は、こうしなければ日常生活を送る自分に折り合いが付けられないほどに肥大化していた。
(・・・ふうっ・・・)
意識して息を大きく吐き、ドアのノブを回して、ドアを開けた。
「こんにちは」
一瞬、私に視線を合わせ、にこりと笑うこともなく、蔑むような顔で見ることもなく、淡々とした表情だった。
「彼」は、チャットでの落ち着いた、じわじわと獲物を狙う蛇のような雰囲気から想像するよりずっと若く、きっと、私と同じ年代だったと思う。黒のGジャンとデニム、大きめの鞄を持った姿は、雑誌に出てくるカメラマンのように男性的で、淡々としていた。
「入って、いいかな?」
きっと、値踏みするような視線を投げかけていたのは、私の方だっただろう。「女装M」としての私を、どの程度の「女」かを見極めるような視線を受けることから始まることを予想していた私は、あまりの自然さが不思議に感じていた。
「どうぞ・・・、お待ちしていました・・・」
いつもより、優しく呼吸するように発した言葉は、「彼」にどんなふうに聞こえたのだろう。想像よりもいいのか、悪いのか、私は、「彼」ががっかりして態度を豹変させないか、それだけが気になっていた。
座る間もなく、「彼」は部屋を見回し、部屋を数時間の「檻」にするための空間や道具を探し始めた。
椅子を床の中央に移し、鏡を背にして置く。
クローゼットの中を確認し、底面が人の重量に耐えられるかを足で踏みながら確かめる。
持ってきた鞄の中から、錠前、首輪、チェーン、ワセリンの瓶、ロープ・・・、すぐにビジネスホテルの殺風景な一室は、「檻」の舞台に変わり始めていた。
「持ってきましたか?あれ」
「はい」
意識していなくても、声がうわずっている。ショルダーバッグの中かから、用意した道具を、「彼」に手渡した。
「高かったでしょう。貴方が、自分で自分に使うために用意したんですね。」
事実の確認をしているだけなのに、どうしてこんなに身体を射貫かれるように感じるのだろう。私は、「彼」の前では普通に、「M女性」になれたような気がしていた。
| ホーム |