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Visions of Masochist
自分を律し、行き先を指し示す【Vision】。 しかし、行き先の分からない「背徳の幻想」が、私の中には存在する。
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【Happy】
 週末ごとに、私は「そこ」に通うようになっていた。天気のいい土曜の昼下がり、街は明るい笑顔の人々で溢れている。家族連れ、恋人同士、そして、一人、大き目の黒いナイロンバックを抱えて歩く私。

 地下鉄の駅を出て、映画館へ向かう通りの途中に、ウィッグや、アクセサリーを売っている小さな店がある。もちろん「表向きは女性向け」だけれど、それにしては並んだ商品の趣味は独特だった。この街には、私のような「女性」も多い。この店はそんな女性をも相手にしているのだろう。


 通りを歩く人たちに顔を見られないよう、タイミングをはかって通りから店に入ると、フルウィッグが何種類も置かれている。周囲を見渡すと、外から見えない角度にディスプレイしてくれているのが分かった。安心して手にとって眺める私を、店主らしい男性は、無関心を装い、放っておいてくれた。その対応が、まだこの趣味に慣れていない私には嬉しい。


「似合うんじゃないかな?それ」


ひとしきり眺め終わり、といってどれを買うという勇気もでないまま立ちつくしていると、店主は声をかける。


「どういうのが好み?やっぱりロングかな?」


シャギーの入ったふんわりしたカールのウィッグが、私は欲しくて堪らなかった。何度も視線を同じものに向けていたことを、店主はしっかり見ていたのだろう。


「いろいろあるから、ゆっくり見ていいよ。もっとも、あんまりお金をかけすぎないようにしないとね、長く続けられないから」


早く決めて、すぐに買って、興味本位に見られないうちに外に出てしまおう。私がそう思っていることを見透かしたかのように、肩すかしするような言葉をかけられる。


「そうですね・・・」


もちろんかけられるお金の額は決まっている。それでなくても、こうした「本物の女性」向けと言い切れないような店でしか洋服が買えない私たちは、冴えないデザインの洋服に高価な代価を支払うしかないのだから。


趣味を知られてしまっていさえすれば、それ以上恥じらうふりをすることはない。気になっていたグレーのスーツを指さし、手にとらせてもらう。とても似合う、と勧められ、会社の同僚たちの「OLファッション」を身にまとった自分を想像すると、胸が高鳴った。


「あの、コロン、置いてありますか・・・?」


いつも気になっていた。
大人の女性が放つ「香り」を自分も身につけたい。鼻を突く嫌な匂いを発する女性ももちろんいるけれど、安っぽい制汗剤の匂いではない大人の香りを、自分も身につけてみたかった。


「もちろん。どうぞ、こちらに」


奥のショーケースには、様々なパッケージが並ぶ。選ぶ振りをしてはみるものの、欲しいものは最初から決まっている。


クリニークの「happy」。


私が最も「なってみたい」身体付きをした知人が愛用しているコロンだ。彼女への恋愛感情は無い。でも、男性に犯されるなら彼女の身体になってみたい。彼女の姿で犯されたい。
同じ香りをまとうことは、その夢を実現するためには不可欠な「装い」だった。


怪しまれないよう、必死にいいわけを考えながら、いつも身につけているコロンの名前を聞き出したのは、もう半年も前のことだったと思う。定価から少し割り引いた価格を提示されると、迷わず私は、オレンジ色の箱に入った瓶を、とりわけ大切に思いながら店を出る。


あと少しで、「あの女性」になれる。私はまた、新たな刺激に胸を躍らせ、映画館へと歩いていた。

テーマ:女装 - ジャンル:アダルト

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