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Visions of Masochist
自分を律し、行き先を指し示す【Vision】。 しかし、行き先の分からない「背徳の幻想」が、私の中には存在する。
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「SMツーショットダイヤル」【01】
ほんの、たった10数年前、世の中には携帯もインターネットもSkypeもメッセンジャーもなかった。


どこかの集まりで顔を合わせないかぎり、顔も知らない人々が意思疎通をすることなどありえなかったし、まだ見ぬペンフレンドに淡い恋心を抱く人や、アマチュア無線で遠い国の人と会話をする趣味をもつ人々だけが、辛うじて「一回も顔を合わせたことのない人と会話する特権」を独占していたといえるだろう。


確かに、比較的早い時期から「パソコン通信」は世の中に存在していた。大手の会社が運営している通信ネットワークは、その頃既に数十万人の会員を抱えていたし、
インターネットが人々の目の前に姿を現すずっと前から、高価なコンピューターを手に入れた者だけが、やはり特権的に「見たこともない人々との会話」を楽しんでいたのだと思う。


「特権」を持たざる者は、机を並べたクラスメートか、同じバイト先の仲間の中から気の合う人をどうにか見つけようとし、そして、うまく「誰か」を見つけることができない者は一日の大半をどこか違和感を持て余したまま過ごすことを強いられることになった。


私たちは、その違和感を埋めるため、仕方なく、やりたくもないテニスやスキーやカラオケを「付き合いで」練習し、楽しくもない時間を楽しむ方法を探していた最後の世代ではないだろうか。


何かに直接触れるためには、「出会う」ことが必要条件だった。これだけネット上に無数のSMサイトがあって、そこかしこでSMを扱った映像や風俗が氾濫している今とは比べものにならない「出会いへのハードル」が、ほんの少し前まで、私のような趣味をもつ人間の前にそびえ立っていたのである。


蘭 光生と、結城 彩雨の小説ですっかりSMの世界にはまりこんでいた私が、アートビデオとシネマジックのビデオで映像としてのSMに引き込まれ、古本屋で買ったSM雑誌の広告に掲載されていた広告を見ながら、「M男性専用ダイヤル」に電話をかけるまで、そう長い時間はかからなかった。


生でS女性と話しをする。


何の変哲もない六畳一間の自分の部屋から、憧れたS女性と、直接話せてひょっとしたら、会えるかもしれない。自分専用の電話回線を持った頃、ちょうどはやりだしたのダイヤルQ2を使った「ツーショットダイヤル」に私はあっという間にのめり込んだ。
1分100円という超高額な使用料を払うに余りある興奮が、その瞬間にはあった。


「この通話は、情報料と通話料を合わせて、一分あたり、ひゃく、えんの料金がかかります」


受話器から無機質なアナウンスが流れる。


ここから先は、たとえ何の「情報」でも、お前はそれを1分100円で購入したことになるんだ、との宣告である。実際、待ち時間さえ課金されるこのシステムは、繁華街のテレクラよりも結果的にはずっと費用がかかった。待ち時間の長い順に、女性からかかってくる電話をつないでもらうことになっていたから、待ち時間が長くなればなるほど、
「次こそは自分」と、ずっと興奮状態で待ち続けることになる。


細切れで電話して費用を節約しよう、などと考えていたら、いつまでたっても女性にはつながらないようになっていたのだろう。平凡な大学生だった私に、テレクラに出かける勇気など無かったから、月に1万円くらいまでは、ほかのモノをガマンしても捻出していた。


待ち時間を入れても、たったの100分。


「オールナイトニッポン」のオープニングと同じメロディーを聴くためだけに支払った数万円の費用は、メロディーを切り裂くベルの音1つで、報われる気がした。今思えばたわいもない話し、受話器の向こうの女性が「本物のS」だったのかすら分かりはしない。


けれど、それを「だまされた」とか「無駄金だった」と忘れようとは思わない。


「本物のS女性」に出会うためのいくつもの大きな障害と、その女性を「主」とするためのもっともっと難しくて大きな障害の数々は、いずれにしても「奇跡」を掴む幸運がないと越えることなどできないのだから。


受話器の向こうの女性の中にも、そうした奇跡の糸をたぐろうとした女性がいただろうし、その女性たちのほんの何人かが、糸を掴んでいて欲しいと今は思う。


「インターネット元年」の前夜。


私は一人、自分の部屋でそんな毎日を過ごしていた。

テーマ:テレクラ・出会い系体験談 - ジャンル:アダルト

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