サンダルを取り去った彼女の右足の爪先は、限界まで身体を引き延ばしてやっと床に触るか触らないかの状態になる。
さっきまではなんとか身体の体勢を保てていた彼女も、たった数センチ自分の足下に敷いていたサンダルが無くなったことで、足を滑らせながら、何度も全体重を両手首の縄にあずけ、息を弾ませ始めている。
(ふふ・・・、頑張れ・・・、もっと、身体を使って、力を使うといい・・・)
私は、叶わぬ試みを必死の顔で続けている彼女を、じりじりと近くに歩み寄りながら心の中で励ます。
さっきまではなんとか身体の体勢を保てていた彼女も、たった数センチ自分の足下に敷いていたサンダルが無くなったことで、足を滑らせながら、何度も全体重を両手首の縄にあずけ、息を弾ませ始めている。
(ふふ・・・、頑張れ・・・、もっと、身体を使って、力を使うといい・・・)
私は、叶わぬ試みを必死の顔で続けている彼女を、じりじりと近くに歩み寄りながら心の中で励ます。
身体の力を使えば、身体に張り付いたニットの中の体温は、ずっと上がっていくだろう。
貴重な資料を黴から守るため、書庫の中は、空調機が湿気を取り去った乾いた空気に満ちている。私はここで古い資料を探す度、この中は、外よりもほんの少し濃度が低いように感じられるものだった。
その空気を、今、彼女から発散されたラストノートが色づけている。鼻腔をくすぐる心地よい甘さに加え、今まさに彼女の身体から発散されつづけている熱がやがて、隠しても隠しきれない甘い香りを発し始めるだろう。それまでにあとどのくらいかかるだろうか。
何度も床に爪先が着きそうになるたび、彼女は焦って親指で床を掴もうとする。滑って倒れそうになり、両手首だけで身体を吊られた形を何度も何度も晒す姿を、私はほほえみながら見つめるだろう。
滑るのは当然だった。私が、見当をつけて、先に足下に細工をしておいたのだから。何事も、行き当たりばったりに自分の欲望を爆発させるだけでは、本当の快楽を得ることなどできるわけがない。
「何事も、計画と、冷たい情熱が必要だと、思いませんか?」
答えるはずもない問いかけを、わざとわかりにくい言葉で彼女に投げかける。もちろん、答えなど求めてはいなかった。
息を弾ませ、苦しげな表情が、私の目の前に、ある。
必死に体勢を取り戻そうとする悲しい努力を止めない彼女が、愛おしくて、身体の中をまた、熱い衝動が走り抜けていく。昂奮と緊張で、私は膝の震えをとどめることができなくなっていた。
(落ち着け・・・落ち着くんだ・・・)
最高の獲物を捕らえた時のハンターは、その獲物を絶命させる時、こんな気持ちになるものなのだろうか。私は、深い息を腹の底まで届かせながら、ゆっくりと背を向け、持ってきたバッグの中から、カッターナイフを取り出す。
「何をするか・・・分かりますか?」
息を整えようと身体を縄に預けている彼女の眼前で、カッターナイフの刃が冷たく光る。
(傷つけられると、思ってるのか・・・。俺も、まだまだ青いようだな・・・)
普段、偽りの親切さ、優しさを演じている私だったが、自分が狙った獲物の価値を毀損させるような行為をすると思われること自体が心外で、私は、努めて笑顔でその焦燥感を打ち消そうとした。
「違いますよ、でも、目に見えない傷の方が、ずっと深くを貴方を苛むことでしょうね・・・」
彼女にはずっと分からないだろう。きっと、この後に何をされても、私の意図は、彼女に伝わるはずはない。
愛おしいが、傷つけて苦しめたい。
傷ついて発散する苦悶の表情を、もっと慈しみたい。
交錯する優しさと加虐の感情が、狭い通路の間に響きながら、彼女の困惑を誘っていた。
貴重な資料を黴から守るため、書庫の中は、空調機が湿気を取り去った乾いた空気に満ちている。私はここで古い資料を探す度、この中は、外よりもほんの少し濃度が低いように感じられるものだった。
その空気を、今、彼女から発散されたラストノートが色づけている。鼻腔をくすぐる心地よい甘さに加え、今まさに彼女の身体から発散されつづけている熱がやがて、隠しても隠しきれない甘い香りを発し始めるだろう。それまでにあとどのくらいかかるだろうか。
何度も床に爪先が着きそうになるたび、彼女は焦って親指で床を掴もうとする。滑って倒れそうになり、両手首だけで身体を吊られた形を何度も何度も晒す姿を、私はほほえみながら見つめるだろう。
滑るのは当然だった。私が、見当をつけて、先に足下に細工をしておいたのだから。何事も、行き当たりばったりに自分の欲望を爆発させるだけでは、本当の快楽を得ることなどできるわけがない。
「何事も、計画と、冷たい情熱が必要だと、思いませんか?」
答えるはずもない問いかけを、わざとわかりにくい言葉で彼女に投げかける。もちろん、答えなど求めてはいなかった。
息を弾ませ、苦しげな表情が、私の目の前に、ある。
必死に体勢を取り戻そうとする悲しい努力を止めない彼女が、愛おしくて、身体の中をまた、熱い衝動が走り抜けていく。昂奮と緊張で、私は膝の震えをとどめることができなくなっていた。
(落ち着け・・・落ち着くんだ・・・)
最高の獲物を捕らえた時のハンターは、その獲物を絶命させる時、こんな気持ちになるものなのだろうか。私は、深い息を腹の底まで届かせながら、ゆっくりと背を向け、持ってきたバッグの中から、カッターナイフを取り出す。
「何をするか・・・分かりますか?」
息を整えようと身体を縄に預けている彼女の眼前で、カッターナイフの刃が冷たく光る。
(傷つけられると、思ってるのか・・・。俺も、まだまだ青いようだな・・・)
普段、偽りの親切さ、優しさを演じている私だったが、自分が狙った獲物の価値を毀損させるような行為をすると思われること自体が心外で、私は、努めて笑顔でその焦燥感を打ち消そうとした。
「違いますよ、でも、目に見えない傷の方が、ずっと深くを貴方を苛むことでしょうね・・・」
彼女にはずっと分からないだろう。きっと、この後に何をされても、私の意図は、彼女に伝わるはずはない。
愛おしいが、傷つけて苦しめたい。
傷ついて発散する苦悶の表情を、もっと慈しみたい。
交錯する優しさと加虐の感情が、狭い通路の間に響きながら、彼女の困惑を誘っていた。
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