2ntブログ
Visions of Masochist
自分を律し、行き先を指し示す【Vision】。 しかし、行き先の分からない「背徳の幻想」が、私の中には存在する。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
顔のない関係【02】
 IRCクライアントソフト、そしてICQ。

 簡単な設定でリアルタイムにメッセージをやりとりできるソフトウェアが、急激に拡がりを見せ始めていた。

 少しアンテナが鋭い人々は、次々にバージョンアップするこれらのソフトウェアをすぐにダウンロードして自分のPCに常駐させ、やっと始まった「テレホーダイ」サービスを駆使しながら、友人同士や遠距離の恋人との連絡に使い始めた。

 23時から翌朝まで続く、つかの間の疑似・常時接続環境。

 インターネット=電話回線、だった時代、独占企業の保守政策によって課せられたこの制約は、「自由なネットコミュニケーション」の発達を阻害した、と今では評されている。

 確かに、電話料金を節約するため、インターネットへの接続を毎日23時過ぎに集中させる人々が増えていた。長時間ネットに接続することで得る「何か」を強く求める人ほど、その傾向は強く、チャットで出会う人々とも、「同じ生活時間を共有している」意識が醸成されていたように思う。

 一種異様なほどの性衝動を、集中して受け止め始めていた場所が、Netmeetingのコンタクトサーバである。
顔のない関係【01】
 「仮面舞踏会」が無くなってから、私は自分の心の中のM衝動の行き場を探すため、またSMチャットルームのあるサイトを探すようになった。

 チャットのCGIスクリプトを自分のホームページスペースで動かすこと自体は既に難しいことではなく、それを許すプロバイダと契約している人であれば割にたやすく「場」としてのチャットルームを提供することはできるようになっていた。

 日に日にそうしたサイトが増えつつあったように思う。そのいくつかに入室してみた。

 「仮面舞踏会」では常連として、人となりを理解されていた私も、初めて入室する部屋では当然、誰にも知られていない一人のM男性でしかない。

 ネット上に「S男性」は多く「S女性」は極端に少ない。

 一見の、しかもM男性が、参加自由なオープンチャットでできることはほとんど無かった。望む相手であるS女性がその場にいることなど、滅多に無い。「見学」と称する男性たちは、時折M女性が入室した瞬間、「S男性」に名前を変えて殺到する。

 繰り広げられるM女争奪戦の邪魔をしないよう、私は自分がMであるという記号のみを示すためだけに何時間も待機し続けた。

 何も、得ることはできなかった。
「仮面舞踏会」【06】
 「専属奴隷」という誇らしい名前を生まれて初めて手に入れた日から数ヶ月後、私は、その名前の意味を失った。

 お互いの嗜好の不一致、もしくは、むしろ私の不始末がその結果を導いたのであれば、私はその後、これほど長く放浪しなかったのかもしれない。
 あるいは、「プロの調教技術」を持つ彼女の専属奴隷として、一度でもその技術の前に自分の身体を晒すことができたなら、私が何を求め、どうしてMの性癖を持つのか、果たして自分は本当にMと言えるのかを、知ることができたのかもしれない。

 あまりにも時間は短すぎ、そして、チャンスは私の手のひらからこぼれ落ちていった。

 しばらくして私の元に届いたぬいぐるみだけが、彼女に抱かれた残り香を宿し、「専属奴隷」の称号が嘘でなかった証拠として今も私の部屋の書棚の上から私を見下ろしている。
「仮面舞踏会」【05】
 彼女が私を、「特別なM男性」として扱ってくださっていることに仄かに自尊心を感じ始めていた頃、彼女から「仮面舞踏会」の私書箱にメッセージが届いた。

 彼女のメールアドレスが、そこに書かれていた。

 当時、今のようなフリーのメールアドレスはとても少なかったから、メールのやりとりをするためには、どこのプロバイダと契約しているかを明かす必要があった。もちろん、メールアドレスだけで身元が明らかになるリスクなど、今考えてみれば小さすぎることだったけれど、当時はそれなりに逡巡した。

 結局、リスクより、好奇心が勝った。
「仮面舞踏会」【04】
「人は、最初に会った数十秒で、初めて会った人の印象を決定する」

 面接や、プレゼンの研修の度に誰かから聞かされるそんな「法則」は、文字だけでしかコミュニケーションの成り立たないチャットの空間にも存在するのだろうか?

 実際、「自分は初対面の人間でも、会ってすぐに見抜くことができる」と豪語する人もいる。私は自分にそんな力はない、と思っているけれど、「仮面舞踏会」で黄色い文字を使う女性に惹かれるまで時間がかからなかったことは確かだった。
copyright © 2005 Visions of Masochist all rights reserved.
Powered by FC2ブログ.