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Visions of Masochist
自分を律し、行き先を指し示す【Vision】。 しかし、行き先の分からない「背徳の幻想」が、私の中には存在する。
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顔のない関係【07】
 化粧品が手に入り、その気になればメイクを始められたのかもしれない。けれど、「男」の顔に「女のメイク」をしても、自分を「女」にする気分を昂ぶらせることは無理だっただろう。

 無意味な落胆を避けるために、どうしても「ウイッグ」が必要だった。

 ちょうどエクステンションが流行っている時期だったから、デパートの「ヤング・レディス」のフロアに行けば、様々な種類のウイッグを簡単に見つけることができた。

 問題は、どうやってそれを手に入れるか、だった。
顔のない関係【06】
 ファンデーション、口紅、マスカラ、ブラジャー、ショーツ、パンティストッキング、ウイッグ、そうして、女性ものの洋服。

初めて自分を「女」にした瞬間に至るまでの数日間を、今でも忘れたことはない。

 心の中で自制していた一線を越える「瞬間」は、まさに一瞬でしかない。

 「その場の勢い」で一線を越えてしまうこともあれば、境界線のほんの少し手前を乗り越えるのに、気の遠くなるような時間がかかる時もある。

 私の場合は、そのちょうど中間だったように思う。

 憧れていた期間は、本当は割に長い期間だったかもしれない。初めて蘭 光生の作品を手にした時から数えれば、既に5年以上が経過していたのだから。
 
顔のない関係【05】
 【デジタルカメラからWebcamへ】

 静止した瞬間を切り取ることと、連続した時間そのものを伝えることとの間には、大きな隔たりがある。その境界線を越えようとした歴史が、例えば雑誌の付録についた「ソノシート」レコードであり、CD-ROMであり、DVDやテレビ番組連動のスペシャルWebサイトなのだろう。

 1枚の写真、数行の記事だけで伝えきれなかった動きや、描写しきれなかった空気感を伝えようとする思いを私も確かに持っていたから、伝わらないものを伝えようとする焦りと望みが、その裏に隠れていることが分かる。

 「放送とネットの融合」というのは少し前のハヤリコトバだったけれど、葉書や、せいぜいFAXやメールで繋がっていた関係性が、ネットワーク越しにリアルタイムな繋がりに変化した瞬間の感覚を自分の脳裏に焼き付けた人は、実はそう多くないのではないだろうか。

 融合とは、あるいは境界線を越えることの連続、なのかもしれない。

顔のない関係【04】
 Webcamを手にする直前、私は帰宅して一人で過ごす時間のほとんどを、Netmeetingの世界で過ごすようになっていた。

 フランクフルトソーセージ、スキン、ベビーローション、洗濯ばさみ、ローター、そしてデジタルカメラ。妄想をかきたてる道具をいくつか準備すると、すぐに回線を繋ぎ、コンタクトサーバーに接続してずっと待機し続けた。

 早く帰宅出来た日は、21時過ぎから繋げることもあった。23時までは1~2時間あったけれど、1時間の通話料金は200円。数年前のダイヤルQ2を思えば比べものにならないくらい安く思えた。

 その頃私がPCを置いていた部屋にはテレビが無かったから、私はちょうどこの頃流行っていたテレビ番組を見た記憶がない。

 私は、完全にNetmeetingの世界にはまりこんでいた。
顔のない関係【03】
 「S女性の方、お待ちしています」

 コンタクトリストに掲載する「待ち受けコメント」として、最終的に選んだのは、何のひねりもない言葉だった。

 まずは話しの輪の中に入り、その中で相手になりそうな女性を見つけ、さらに自分の嗜好をアピールして・・・という段階を踏んでいくWebChatに比べ、Netmeetingはより直接的に自分の好みをアピールして待機することができた。

 極端に言えば「針責め・食糞に興味があります」などと書けば、そのことを嫌う人が入ってくるはずがない。ターゲットを絞れば絞っただけ、望みに近い人に会えるような幻想を、コンタクトリストの無数に並んだ名前がもたらしていた。

 「拘束・苦痛系の責めを好むS女性の方」

そんなコメントも良く使っていたように思う。いずれにしても、まだ、M男性の数は、ネットの中にそう多くは無かったから、目立ったことは確かだ。
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